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キラコタン5:昔の人もここが好き

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アキアジ沼のすぐそば、丘斜面を登りました。
ササをかきわけ、斜面を登りましたが、結構急でした。
丘の頂上部分、少しササが丸くへこんでいる場所があります。これが竪穴住居の跡なのです。
縄文時代のものだそう。その後も擦文時代の人々も住み、チャシもあったそうです。
眼下にはアキアジ沼が見えます。縄文時代はそこまで海だったわけです。
この場所で見張りをしたり、いろいろな相談をしたりしたいたのかな?
湧き水もあり、漁もできたり、最高の場所だったのでしょう。
丘の頂上からくだってきました。
おりてきた所にもたくさん住居跡があり、そこには多くの方々が住んでいたそうです。
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通常ルートに戻りました。と思ったら目の前が開けてきました。目の前にキラコタンの南側の部分です。
足元は牧草。ここには開拓の人たちが住んでいました。牧草地の跡です。
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目の前にはチルワツナイ川が流れています。開拓時代と縄文時代の人も同じ場所に住んでいたのですね。
やはり、ここは最高の場所ということ。時代が変わってもその場所はいつもそこにあるのです。

キラコタン4:湧き水と綺麗すぎるコケ

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ルートから湿原に向かって斜面をおりました。
すごい量の湧き水です。俗にいうアキアジ沼があります。
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この量を計ったことがある新庄氏。1日20tの水が湿原に流れ込んでいるそう。それが何本も。
冬も凍らないそうです。ここにはサケものぼってきたり、タンチョウがいたり、キツネやオジロもやってきます。
もちろんシカも。
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湧き水の出てくるところ、ミネラルたっぷりの所にはコケがとっても綺麗に生えていました。
湧き水のあるところに、こんもりとして、まるでもののけ姫の森みたいな感じで・・・。
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ここでゆったりを時を過ごすには最高。
夏は涼しくてとても気持ちの良い場所と。
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古い木が倒れて・・・ミズナラの木が朽ちてそこにコケがたくさん生えています。
樹齢おそらく300年くらいでしょうか。
湧き水がここでも6本。120tの湧き水が1日で湿原に流れ込む計算になります。
とてつもない量の湧き水なのです。
雨水が砂の丘を浸透して今でてきた・・・。ですから美味しい水なのでしょうね。
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キラコタン3:昔の森の象徴

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森の中をだいぶ歩いてきました。ササは腰の高さくらいまであります。
でもこのササは鹿が冬を越すための大事な食料になるのです。
大きな切り株がありました。前回来た時にも気になって写真を撮りまくった記憶があるのですが。
今回はもっとコケが増えた感じがしました。これはミズナラ。
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この切り株が、この森が昔はどんな森だったのかを推し測る象徴。直径1mくらいの切り株です。
推定樹齢が400年くらい。こんな大きな木がこの森を鬱蒼として覆っていたと考えることができるのです。
そんな切り株があちこちにあります。
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ササの中に隠れていてなかなか探すのが難しいのですが・・・。
この切り株は戦後木材をつくるために伐採されたものと。
まわりの木々の太さがだいたい一緒。ミズナラやシラカバ。高さも一緒です。樹齢だいたい60〜70年。
つまりその頃から自然に生えてきたものなのです。
昔の森と今の森が一度で楽しめるというわけ。
古株をぜひ触ってみてほしいと新庄氏。コケの種類が何種類も生えていて、地衣類も見えました。
ササから解放されて、鹿道に戻りました。湿原が目の前に広がりました。
湿原から丘の高低差がだいぶある感じです。
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シラカバは森ができた後に山火事になった後、一番最初に生えてくるのがシラカバなのだそう。
右側に湿原。丘からの湧き水が流れ出るので、綺麗なヤチボウズが綺麗に見えました。
シンプルなヤチボウズ。ふさふさです。
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キラコタン2:丘と湿原の境目

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いよいよ森に入っていく感じのところにゲートがありました。
文化庁の天然記念物指定地域がここからですよという境目。
何人、人が入ったのかをチェックするものは環境省がつけたもの。
ササが多くミズナラの森が広がっています。ササをかき分け進んでいく感じです。
このルートは湿原と丘の境目を歩いていくものです。
左側が森、右側が湿原。その境目をずっと歩いていきます。
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ササの背の高さが高くなってきた気が・・・。
丘の方からササが広がり、歩いているところをこえて右側を下に下がる感じでだんだんササがなくなります。
するとその下にヤチボウズが。まだ小さなものですが、ミズバショウやヨシが見えてきました。
ササがなくなるところまでが丘。よくわかります。今の湿原のところは昔海で入江だったところ。
湿原が海だった頃には、ここに人が住んでいた証拠も残っています。
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左側では森の鳥たち、そして右側では湿原の鳥たちが鳴いています。
両方楽しみながらしばらくハイキングができるのです。
贅沢ですね〜
途中ジッジッという声が聞こえました。アオジの幼鳥の様です。ササの中から聞こえてきました。
いよいよ湿原と丘が近づいてきました。
右手にエゾノこリンゴが。湿原のそばに生えている植物です。
ルートのど真ん中にヤチダモが。これは湿原と丘の中間に生えている木。
面白いくらいに木の植生がわかりやすいところです。
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キラコタン1:森のできかた

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新庄氏は軽装で・・・私は重装備で出かけたハイキング。
キラコタンは届け出を出すと歩いていける場所です。
今回から6回にわたって、キラコタンの見どころを含めポイントをご紹介していきたいと思います。
昔、産業道路として使っていたところを現在は、ハイキングロードとして使っているのです。
まわりは開拓した時に植えたカラマツがあったり、ミズナラの木があります。
一度伐採したあとの木、だから比較的若い木々たちです。
国立公園といえども、人々がここで生活した跡が残っているところ。
歩いてくると急に開けてきます。この場所はごく最近まで放牧地だったところです。
ですからまわりに比べると木がないのです。
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木を切った後、どんな風に森に自然に戻っていくのかを観察するには絶好のポイント。
まわりに森があり、その下がササ。一面のササが広がっています。
木を切った後に一番最初に入ってきたのがササということなのです。
そして、その後、違うものが入ってきたのです。少し湿っぽいところにフキが出てきました。
フキのあるところよりも少し乾燥した所にワラビが。ワラビの下のササは小さいですね。ワラビがどんどん増えてササが少なくなってきた感じです。
ササの時代からワラビの時代に移ってきたそう。次に控えているのは、ホザキシモツケ。
小さな木がワラビの後に点々と入り始めてきた感じです。その後はいよいよ木が生え始めるそうです。
「これからここはどんな風に変わっていくのかな?と考えるには絶好の場所・・からのスタートなのです」
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夏のヤチマナコ!光る!

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2mの棒が消えるヤチマナコ。プカプカ浮いている感じです。
ヨシの背丈が高くなり、さらに進むと、ヤチマナコの所ではヨシが突然なくなり、小さなツルスゲが姿を現しました。それが水面を覆っている感じです。
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05.jpg水面がキラキラ光っていました。
これを丘から見た時に、草原の中に水面がキラキラして見えるとのこと。そこでヤチにある瞳、マナコということでヤチマナコと命名したそう。
収録している間にもだんだん足元が水浸しになっていきます。
いわゆるヤチマナコの淵でお話しを伺っていた感じ。
浮いている感じです。この水もコーヒー色でした。
背の高いヨシが続いています。この下には水が流れているという証拠です。丘からの水が湿原の中の泥炭に潜り込んで流れてきている伏流水。
ヨシが背が高いというのは、水の流れの側なので、丘からの栄養分のある水が流れてきているから成長が良いという事なのです。
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遠くから見ると、ヨシが茂っていて緑色の濃い部分の近くにヤチマナコがあるということ。
足元がどんどん冷たくなりました。湧き水が流れてきているので、ここの水温は10度以下。
冬も温度が変わりません。
ヨシの茂り方を見て下に水が流れているかな?とか、ヤチマナコがあるかな?とか、ここは大丈夫だなとか思いながら歩く必要があります。
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ヤチマナコの中には昆虫やヤチウグイ等の魚がいるそうです。
伏流水は丘の湧き水と下でつながっていて、さらに達古武湖とつながっています。
伏流水の一部が時々顔を出している感じと。
別のヤチマナコの場所に移動したのですが、最初のヤチマナコの場所と目と鼻の先の所にありました。
こちらはもっと深くヨシの背は高く、その場所はなんとなく他の場所よりも涼しく感じました。
夏のヤチマナコ・・・初体験!!冬とは違った顔を見せてくれました。
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ミズゴケ湿原の出来始め

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道路脇からヨシスゲ湿原と達古武湖を望み、そこでまず予習。「ここから見えるあそこに行くからね」と。
ヨシスゲ湿原の向こう側に木々が見えて、その木々に囲まれて何もない感じの場所が見えます。
そこがミズゴケ湿原とのこと。
ヨシをかき分け、新庄氏の後をついて行きました。ちょっとしたアドベンチャー気分です。
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「釧路湿原はすごく広い。広いヨシスゲ湿原があり、それを超えていくと湿原の真ん中にミズゴケ湿原があるというイメージ。ですからそこに行くまでがとても大変だと思う。ミズゴケ湿原は雨水だけで育つということは皆さんご存知。ヨシやスゲのところは川の水があふれるということもご存知。2つの種類があるということはわかっている。でもそこに行くのは大変だと思っている。でも今、来たんですよ。」
道路から離れてきた時にヨシスゲの草原でした。すごく背の高いヨシがあって、そこをかき分けて歩きました。前を歩く新庄氏の姿がすぐ見えなくなるほど。ところがどんどんそのヨシの背が低くなり、スゲに変わります。するとブッシュみたいな生垣みたいなものが出現。ヤチヤナギとハンノキなのですが、川の水が入っていけない感じになっています。
ちょっと堤防みたいにも見えます。それを超えるとミズゴケ湿原になるというわけ。
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ヨシやスゲはほとんどなくて、マウンドが見えました。ヤマモモ、イソツツジ、ヤチツツジ、ヒメシャクナゲ、ツルコケモモなどが。ここがミズゴケ湿原の出来始めです。
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もっと安定すると、緑色のミズゴケが種類の違う茶色のミズゴケになってくるそうです。
ハンノキをよく見ると、緑の濃い葉とくすんだ色の葉が見えました。湿原はハンノキにとってあまり条件が良くないそう。ですから、一斉に葉を出すわけにはいかないので、春と夏に新芽が出てくるのだそう。
湿原の周りにある大きなハンノキと樹齢は変わらないそうですが、この場所は過酷なのかあまり大きくなれないのです。
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「ここの風景は大げさに言うと、尾瀬の戦場ヶ原と同じなの。ハンノキがあって、ヤマドリゼンマイがあって、ミズゴケがあって、ノリウツギがあって。でも道路の側からわずか200mのところに全部それが揃っているんですよ。」

北海道以外の研修は?

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このJICA研修、スタートは、環境省マター研修だったそう。国は外務省・国交省・農林水産省等それぞれのところで、日本の政策を途上国の人たちに普及する、或いは、日本が途上国の色々な政策に協力するという意味で、それぞれの部門がJICA研修をもっています。湿地研修は、環境省の複数あるJICA研修の一つなのだそう。ですから、本州にいく目的は、日本の国がどんな風に湿地の保全と利用をやっているのかということを途上国の人たちに伝える、理解してもらう。逆に提案をしてもらったりするという事。
国レベルの取り組みです。ですから一番最初に環境省に行き、国の政策の講義、日本における全国の湿地の特徴のレクチャーがあり、ディスカッションがあるそう。その後、日本の湿地の生物多様性をまとめたり、資料を整理したりしている生物多様性センターに行き、施設を視察し、実際にデータの処理の仕方やその情報の発信の仕方も勉強します。日本を代表する湿原、北海道はもう行っているので、それ以外の沖縄、東京周辺、九州、四国などの湿原の現地を見ることをするということなのです。
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途上国の人たちは、ほとんど日本にはじめていらっしゃる方ばかり。日本のイメージはIT、車、柔道。でも実際の日本はどんな国かを知らない方が多いそうです。こんなに小さいのに、気候の種類がたくさんあることにびっくりされるとか・・・。北から南までせいぜい2500キロ。途上国の国でも2500キロといったら何も変わらないそう。モンゴルは5000キロ走っても何もかわらないと。2500キロの国でどうしてこんなに多様なのか?といったことに驚くそうです。
途上国では、自分の国の湿地というと、「マングローブだけです」「ラグーンだけです」「沼だけです」となります。ところが、日本の場合は、たくさんあります。湿原もあれば、ラグーンもあり、サンゴ礁もあります。それを全部視察することができて、その多様性、複雑さに驚く方がほとんどとおっしゃっていました。
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「この研修をやっていて終わる頃に感じたんです。20数年間途上国の方たちを日本中の湿地を案内して歩いたわけです。僕もそれを運営しながら、日本は本当に色々なタイプの湿地があり、そこに色々な人たちがそれぞれの取り組みをしていて、見事だなと実感したんです。それも研修ですから45日間で全部まわるわけです。日本一周の湿地ツアーやっているみたい。これは日本の人に体験してもらいたいなと思いました。環境省の方たちにも、一般の方たちにも参加してほしい。さらに各地で活動している方たちの交流があっても良いなと。日本の湿原ツアーはできますよ。1週間、10日間位かけるとパックツアーができますよ。とにかく、日本は、人も文化も自然も豊かなことをとても感じましたね。」
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※写真は新庄久志氏からお借りしました。

地域の取り組みをみてもらう・体験してもらう

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実際に道東、釧路地方ではどんなJICA研修をなさったのでしょう。
「湿地研修を引き受けたのは、環境省から依頼されたこともあるし、JICAと話し合いをしてやろうということになったんだよね。その理由は、途上国に支援したいという事もあり、もう一方で、釧路地方の色々な取り組みを全国というか全世界に知らせたいという意味もあったのね。海外の方がいらっしゃる訳。多国籍の方が。結果的にその方たちと地域で色々な取り組みをしている方と交流する事になるわけです。その事は国際的な取り組みなので、釧路の方たちの刺激になるのではという思いもあり、引き受けたのです。」本当はJICA研修はほとんどが中央でやることが多いそう。ですから、地方での研修というのは珍しいそうです。
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釧路は国立公園になったので、国立公園を通じて地域の人たちが湿地をどうやって守りながら利用しているのかという例がたくさんあります。具体的には、鶴居村でのどさんこを使ってのツアーであったり、釧路町の細岡ビジターズラウンジでの環境教育であったり。それは、湿地を守りながらうまく利用するという例です。霧多布はNPOができ、色々な取り組みをしているのでそれも対象になります。少し変わっているのが厚岸。厚岸はラムサール登録湿地に別寒辺牛湿原や厚岸湖がなっています。漁師の方たちや道の駅の人たちもそれほど意識はしていないけれど、その土地の生産物、牡蠣を生業にしています。漁師の方たちが森の中で植林をしたりという動きも昔からやっています。その様なことは途上国にとても近い話しでなのだそうです。途上国でも似たようなテーマをたくさんもっていると。途上国で魚を獲りすぎで資源が枯渇する。うまく育てながら・・というのはどうやったら良いのかという課題がある。それも単に産業としてやるだけではなく、できればもっと付加価値をつけたい。それを厚岸でうまくやっているという訳です。一方では牡蠣を食べさせるレストランを運営する、ブランドにするなど。これは途上国にとっては目新しい取り組みなのです。ですから、とても参考になるそうです。地域における資源を保全しながら利用するというテーマは、途上国と日本の地方の課題とすごく似ているのです。
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ホスト側の反応はどうだったのでしょう?始めは大変だったそうです。すべて英語ですから、通訳が入ったそう。そのうち自分たちで勉強を始めたのです。毎年少しずつ話せるようになっていきました。研修の狙いも見えてきて、地域の方から提案してくれる様にもなったそうです。新庄氏曰く「そこは狙ったところでもあったんだよね。」JICAの研修員がやってくることで、地域の方の視野も広がりました。
研修員で地方にいらした方はその土地のファンになっていくそう。湿地に関しては「日本では釧路だよ」ということがインプットできたことは嬉しい!と新庄氏もおっしゃっていました。
※写真は新庄久志氏からお借りしました。

湿地研修を1989年から続けて

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1989年からJICAに携わっていらっしゃいます。博物館にいらっしゃった時からJICAの研修のコースリーダーを始められたそう。
今までに74ヶ国、380人以上の方の全国の湿地ツアーの案内役として活躍なさいました。
その功績が認められて、外務大臣表彰を受けられたのです。途上国の環境に関しての国の行政マンがいらっしゃいますが、その方たちに対して主になさっている湿地研修です。
最初はラムサール条約関係で環境省と提携して始めた研修。ですから、渡り鳥を保護するためにという研修でした。それが5年位続き、その後、渡り鳥の住む場所、湿原を守るというコースにかわりました。
それから、環境省が、条約に加盟するようになり生物の多様性に注目するようになり、そこで湿地の生物多様性保全についてとコースにかわったそうです。最終的には守るだけではなく、うまく利用するという事で、湿地資源の賢明な利用というコースにかわったのです。実はこの研修は今回で一区切りとなりました。最後は湿地資源をうまく使い、地域おこしの為にということにまで広がったそうです。
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研修員は30代・40代が中心。研修を終えた後で、新庄氏が、締約国会議やラムサールの国際会議、国際ワークショップなどに行くことがあります。そこには見慣れた顔が・・・。新庄氏は国の代表ではないので、オブザーバーとして参加しているので後ろの方にいらっしゃるとか。でもその会議のメインの出席者は各国の代表が集まるわけです。そこに彼らがいるということ。
すると、休み時間に彼らが新庄氏のところにやってきて
国の代表として参加している元研修員「なんで後ろにいるの?」
新庄氏「ずいぶん偉くなったね」
国の代表として参加している元研修員「うん。おかげでね」という様な会話がずいぶんあったそうです。
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研修員は自国に戻り、プロジェクトを始めているそう。湿地の保全についてこちらで学んだことを自分の国にあわせてこんな事を始めたと新庄氏に報告があるそうです。そして手伝ってほしい。現場を見てほしいと。新庄氏は現地に行き1ヶ月位滞在。フォローアッププロジェクトを実施します。そこでの現在の悩みを聞き、新庄氏がもっている知恵でアドバイスを与え、一緒にやってみるそう。何十ヶ国に行ったかわからないとおっしゃっていました。
この研修は問題解決型の研修。どんな問題があるのか、その問題を解決するにはどんな事をしたら良いのか、その為には誰に参加してもらったら良いのか、どんな援助やサポートが必要なのか、そういう事を分析する研修でもあるそうです。日本の各地でどんな事をやっているのかを見てもらう・体験してもらうのです。ですから、かなり具体的にわかってもらうことができるそうです。
※写真は新庄久志氏からお借りしました。
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